Le Voyage de Chihiro
〜フランス語版千と千尋の神隠し関連新聞記事〜
フランスの新聞に掲載されたインタビューをおーたさんが翻訳してくださいました。おーたさん、ありがとうございました。
- Liberation紙記事(2002年4月10日付)全訳
大いなる閃き
--人間嫌いの宮崎駿は『千尋の旅』で彼のアート・アニメの頂点に達した--
ディディエ・プロン
千尋の旅 by宮崎駿 2時間2分
ゴーモン社によって200館以上で封切られる『千尋の旅』は、宮崎駿の新作で
あり、前作『もののけ姫』のDVD大売出し直後である。フランスの大手配給会社
の目には、日本アニメへの事業開拓について観客が青信号を出したものと映って
いる。(訳注:ゴーモン社はフランスを代表する由緒ある映画配給会社)2年前
には考えられないことだった。『もののけ』の上映館は1/3で、ようするに観客
の側も準備できていなかったのだ。
70年代の終わりにGoldorak
(『グレンダイザー』)やCandy(『キャンディ・キャンディ』)の
ようなおごそかなTVシリーズが高視聴率を獲得して以来の理屈抜きの偏見がフランスで
広まり、そして映画評論家達がアニメーション映画にわずかな評価しか与えなかったこと
などがアニメ放送を大きく制約し、過剰なまでに日本製であることを隠すようになってしまった。
宮崎作品の発見(少なくとも7長編)は回顧展という形でパリのイメージ・フォーラムで行われ、
連日人々が押しかけた。そして、観客達の貪欲な要求に応える途方も無いイメージの奔流に
きらめく宝の山を概観することができたのである。
社会現象
『千尋の旅』は2001年7月に日本で公開され(1800万の観客…)、すでにこの分
野の新しい頂点を極めたかもしれない。高度な技術が非合理な力に支配された物
語を支え、強化された『不思議の国のアリス』と束縛を脱したファンタジーの創
造者は自らの妙技に酔いしれて、観客がついて来られるかどうかすらもはや気に
もかけていない様子である。彼の位相のずれた潜在意識のパンドラの箱を開け、
千尋という少女の目を通して動物と亡霊と魔法使いと奇形の神々が棲むパラレ
ル・ワールドを宮崎は探求する。ショッキングな冒険の中で、千尋は両親を奪わ
れ(汚れた二頭の豚に変身させられ)、次に彼女のアイデンティティが奪われ
(無理矢理、「千」という名前に変えられ)、最後には現代の子供としての全て
が奪われる。この映画は、主人公が旅をして根気良く付き合わなければならない
一種の豪華彩色悪夢であり、とり上げられた名前を回復して厳かな自己解放を図
るものである。
日本では、宮崎駿はもはやその他大勢の映画人の一人ではないことは知るべき
である。彼自身が社会現象であり、メディアの力もあずかって、最新二作(『も
ののけ』と『千尋』)が国内興行成績の記録を更新して『タイタニック』を粉砕
したことで誰もが誉めるヒーローになっている。ベルリン映画祭金熊賞の受賞と
ジブリ美術館の開館(反対ページ参照)は熱狂をまた一段進めてしまった。
宮崎は抜け目無いヒットメーカーというだけではなく、古典的な作家でもあ
る。ちょうど、60年代にヒッチコックやラングのことで人々が耳にしたよう
に、組織と経済的条件と大衆の期待を彼自身の欲求とビジョンに従わせないと満
足できない、そういう種類の人間なのである。(訳注:60年代にカイエ・ド・
シネマ誌を中心に「作家主義」がフランス映画評論界を席巻し、それまで大衆娯
楽映画監督として軽んじられてきたヒッチコックやフリッツ・ラングに脚光が当
てられた。それらをリードしたのは後にヌーベルバーグ映画で世界を席巻するこ
とになるフランソワ・トリュフォーやジャン・リュック・ゴダール等である。)
同僚高畑勲とともに、芸術的に自由に振舞える環境を求めて彼は1985年にスタ
ジオジブリを創設した。指示に従う100人ほどの協力者チームの上に、独占的統
治を行う正真正銘の独裁者になることでしか宮崎は目標を達成することができな
い。彼の仕事量はよく知られており、セルアニメを製作するのに必要な2年間、
まったく休むことがない。彼は脚本、台詞を書き、人物と背景を描き、各ショッ
トの色彩を決定し、各シーンとそれらの構成をまとめた絵コンテを作り、絵と音
のささいな点に至るまで修正するのである。
途方も無い『ワーク・イン・プログレス』
彼は夜に4時間しか眠らず、余りに大量に書きすぎたために恐ろしく痛んだ手
の治療のために脇腹への鍼治療を欠かさない。彼は数え切れないくらいたくさん
のアニメーターの精魂を使い果たしてきた。絵の修正のような労役に使われるだ
けの体制の中で2〜3年もやっているうちに、他の仕事に転じてしまう人も多
い。絶え間ない壮観な絵に支えられた、『千尋』のようなゆったりとした映画に
そういう捉え難さがあるというのは、とりわけ製作が始まっても宮崎以外の誰も
(あるいは宮崎さえも)映画がどんな風に終わるのか知らないというのは、想像
し難い話かもしれない。
製作の時間的制約から、この機関車映画人は最終目標地を前もって知らせない
ままにチームを引っ張って行かざるをえない。映画のプロセスは初めから終わり
まで途方も無い「ワーク・イン・プログレス」に似ていて、そこでは1500近い
シーンの3/4以上に宮崎自身が手を加えている。12月の宮崎回顧上映会の熱心
な共同オーガナイザーであったイメージ・フォーラムのイラン・ニューエンはこ
う言って憚らない。(訳注:MiyazakiMailingListでの情報では名前にミススペ
ルがあったので、それに従った)つまり61歳になるこの映画人は肉体的にはボ
ロボロで、出来高払いの世界でこき使われながら作品をより良くするために私生
活を犠牲にした。そして、透明で清らかな風景と、物語の少々誇張された登場人
物の間に、極めて明快な情熱を詰め込んだ活き活きとした理想的な動きを無から
引き出すのだ。
セルアニメにおけるこのキューブリック的創生に匹敵するものは無い。とりわ
け今日の日本の若いアニメーター達は、プランを共有した上で複数の自主的チー
ムに委ねて働かせるやり方をどちらかといえば好んでいる。押井守(『攻殻機動
隊』『アヴァロン』、、、)はスタジオ・ジブリは全能の個人の周りに組織が固
められていたソ連時代のクレムリンのように機能していると断言したことがあ
る。彼によれば、宮崎はとっつきやすく礼儀正しい人だが、話しているうちにす
ぐに情け容赦ない強硬な人格が現れてくるという。いつも相手を言い負かそうと
していて、実際勝つのは彼だ。アメリカ版『もののけ』を公開するに当たって、
シーンを切る試みはすべてお門違いであることを分からせるために、ミラマック
ス社の経営者ハーヴェイ・ワインシュタインに対して一粒の砂を持っていったと
いう話もある。(訳注:ワインシュタインは「鋏男」の異名を持つほどに買った
映画のシーンをカットすることで有名。)
アメリカ人のジョン・ラセター(『トイ・ストーリー』『モンスターズ・インク』)、香港人
ツィ・ハーク(『Time and Tide』)、フランス人メビウス(『エイリアン』のコンセプチュアル・
アーティスト)など世界中から崇拝されている宮崎駿に映画を教え込んだのは
航空技師だった彼の父親で、デ・シーカやブレッソン、小津安二郎の映画を観に
連れて行った。ディズニー映画は彼の好みからすると余りに図式的で感動できた
ことは一度も無いと彼は明言している。しかし、東映動画初の長編アニメーション
映画『白蛇伝』(1958)を観たことで決定的なショックを若者は受けてしまう。
1988年になって日本のある雑誌の対談の中で彼はこんなふうに回想している。
「その時期、大学入試の準備をしていました。白状しなくてはならないんですが、
そのアニメのヒロインに恋をしてしまったのです。私は心から感動してしまい、
上映の後、降り始めていた雪の中を家まで歩いて帰りました。惨めなわが身と
ヒロインの活き活きとした強さを比較しては、私は自分自身を恥じ入って一晩中泣いたのです」
より感覚に寄り添って
絵に描かれた人物が、自分よりも人間らしさを背負ってみせることができるん
だという考えは、このようにして彼の心を真正面から打った。「社会を充実させ
たいんだという想いを自分から隠すことはもはや出来なくなりました」彼の同業
者達の荒廃好み(マンガ表現では主要テーマとなっている)を非難し、おそらく
は彼自身が抱えているペシミズムと人間嫌いと戦いながら、宮崎はイニシエー
ションの物語をシーンの中に置いてみせる。そこでは「善」と「悪」がいっとき
に全てのものに割り振られてしまう単純な価値観とは無縁である。逆境を生き延
びるためには善悪二元論を乗り越える必要がある。たとえば、共通する危険に立
ち向かい、恐怖を分かちあって闘うために、かつての敵と同盟を結ぶことだって
出来るのだ。
川の水を描くための色を見つけ出すために数週間を使うことが出来たり、樹々
の間を渡る風に震える葉を描くことを追求したりするために、宮崎はエコロジー
作家であるという評判を引きずってきた。そういう面もあるかもしれないが、現
実に見えるものを手がかりとし、五感で感じ取れることを重視して絶えず評価を
していかなければならない。宮崎作品の中に仕組まれた見せかけの素朴さという
点で、「千尋の旅」は一連の作品の中でも極まっている。夕暮れ時の沈黙の薄青
紫のリボン、蘇った魔法の特別なひと時、プルーストの作品にあるような深み。
そこには何もないように見えて、ひっくり返して確かめてみなければならない何
かがある。
- Liberation紙、ジブリ美術館に関する記事(2002年4月10日付)全訳
ディズニースタイルの彼の美術館
--東京郊外にできた、映画っぽくない娯楽施設--
リシャール・ウェリィ
三鷹市が受け取った奇妙なもの
商業戦略は役に立つ。しかし、パートナーの選択には面食らわされた。昨年10
月10日に開館した三鷹のジブリ美術館は東京西部の郊外にあり、24時間営業の
日本型食料品チェーン店の一番手であるローソンで前売りチケットを買わなけれ
ば入れない。そこでのもてなしはユニゾンで行われる。日本社会用に調整されて
いて、宮崎駿のスタジオ、徳間書店、日本放送が共同出資しているこの美術館は
外国人訪問者のためにはほとんど何も用意されていない。「お分かりかとは思い
ますが、週末の前売りチケットは2ヶ月前に完売で、英語での説明はまったくあ
りません。どうか我々のところに来るよう勧めないようにお願いします」と、パ
ニックに陥った若い警備員からの緊急呼び出しを受け、広報担当の橋田真は早口
かつ率直に語った。周囲の光景が彼の発言を裏付けている。大人に連れられた子
ども達がピーピー言う声ではちきれんばかりになっているのだ。『千尋の旅』に
使われた多数の草案が部屋の中央のガラスケースの中にベルリンの金熊とともに
積まれて、行列が出来ていた。(訳注:ガラスケースの中に積まれていたのは、
使われたすべての原画と動画である。)土産物ショップはいつも混んでいた。半
年間の入場者は36万人。日本アニメーションの才気溢れるマスター宮崎駿は三鷹
市でミニ・ディズニーランドを着想し彼のファンの夢を充たすよりも失望させて
しまった。
パンフレットも、三鷹のこの美術館の中で聞かされたコメントも監督がこの場
所を「すべて設計した」と言っている。構成は疑いようもなく宮崎ワールドであ
る。作成中の『千尋』や『トトロ』の絵や作業画に見られる、丸っこい、動物半
分、SF半分の宮崎の好みがそこかしこで再発見できるだろう。小金井市のジブリ
本社から電車で二駅、生活水準と知的レベルが高いこの東京郊外の綺麗な公園の
中に抱かれたクリーム色の建物は陽光を照り返し、見ていて気持ちが良い。内部
に入ると、それとは反対に、すぐに月並な娯楽施設の装飾が出てくる。ミッキー
マウスのところにあるのと似たような淡い板張りと飾り付けである。映画人は退
場、こんにちは「心からの夢想家宮崎さん」である。大人向けにしつらえた書斎
を再現した部屋では、パステルが散らかった小さな古いテーブル、家族の写真、
世界中の飛行機モデル。魅惑的な祖父の、田舎家の夕食後のひと時。
散歩の楽しみを突然によみがえらせてくれるのが、それぞれの細部である。こ
の夢の部屋の片隅に隠されているサン・テグジュペリの『星の王子様』のなぐり
書きのコピーは、この巨匠の世界の世に知られざるルーツであろう。(訳注:宮
崎駿のサンテグジュペリ好みは結構知られていた筈だが…)同様に壁の上では、
生彩のある、活き活きとした、ファンタスティックでうっとりとする、素描で覆
われ、清純で厳格な日本の対極にある。そして、美術館の3階の目玉アトラク
ションが『トトロ』のネコバスの巨大な模型であり、たくさんの足がついたネコ
走りをするバスであり、その中で子供たちがはしゃぎ回っていた。宮崎ワールド
がここで現実化されているのである。子供と大人たちの目は大きく見開かれてい
る。「私が宮崎駿を好きなのは、私たちを途方に暮れさせて、独自の世界に投げ
出してくれるからなんです。子供っぽくて悪戯っぽいけれど詩的で深いんです」
と大阪から二人の子供を連れてやてきたミチヨさん(31)は笑ってみせた。その
横にある部屋では、巨匠とスタジオジブリの100名ばかりの従業員達の創造性を
うかがわせる本棚がある。印象的な百科事典、様々な映画の素晴らしい素描集が
これみよがしに並んでいる。
これとは反対に、この素晴らしいスタジオについてほとんど語られないのが周
囲の人々についてである。宮崎は彼のアーティスティックな世界を守り、いくつ
かの写真で表現するが、他については詳細を語らない。彼の辿った道のり、ある
いは彼の傍らに立ち『千尋』の製作を指揮して2000年9月に死亡した出版人徳間
康雄のような素晴らしい人物によって演じられた役割などについては、舞台に
上っていない。
紙と鉛筆は賞賛するが、コンピューターやテクノロジーについてはこの美術館
は無視を決め込んでいる。そういうディジタル技術のノウハウは現在のスタジ
オ・ジブリにも溢れていてアメリカの競争相手を羨む必要さえ無いというのにで
ある。宮さん(彼の愛称)は、ここ三鷹において、統合的なイメージよりも古め
かしくて通俗的でステロタイプなイメージを選んだのである。
- Le Monde紙記事(2002年4月10日付)全訳
『千尋の旅』:幻想の国で体験する人間性へのイニシエーション
「となりのトトロ」の監督、宮崎駿印の夢とロマンの鏡の中を通り抜けるとアニメーションは解き明かしの芸術となる。
宮崎駿による日本アニメーション映画(2時間2分)
「千尋の旅」のとても美しいシーケンスのひとつでは、扉と廊下の迷路が千尋の顔に
オーバーラップしていて、十歳の女の子が迷い込んだその複雑な迷宮が精神的な投影で
あることをほのめかしている。臨床心理学さながらに、宮崎駿はその扉を大きく開けて
詳細な探求を始める。途方もない創造者として宮崎は君臨し、アニメーションは神秘の
芸術となり、隠されたパラレル・ワールドへの直感を回復させようとする。それは前作
「となりのトトロ」で主題とされていたことでもあった。そこではトトロと名付けられた生き物が
出てきて、母親の病気のことで傷ついている二人の姉妹の投影とも、日本の森の神様の
再来とも解釈できるようになっていた。「千尋の旅」の中で宮崎駿は夢と現実の干渉を解析し、
現実よりリアルなフィクションを示してみせる。アニメーションは、単なる娯楽、あるいは
アニメータの筆に相応しく加工された世界というだけではなくて、解き明かしの芸術になった。
「千尋の旅」のメインテーマが若年期の遍歴であるにしても「不思議の国のアリス」以来の
使い古されたモデルを使った上で、背景の裏側を見せ、思いがけない事件を通して想像された
世界と幼い観客との間にしっかり絆を作ってしまうのが彼のオリジナリティである。その絆は
驚異の世界だけではなく、おどろおどろしいものにも支えられている。魔女は千尋にこう説明する。
「ここには八百万の精霊たちが癒しに来るんだ」と。そういった精霊たちが本当に存在するか
どうかが問題なのではない。映画が保証する以上、それらはそこにいる。神秘的なもの、
奇妙なもの、説明し難いものらの次元のリアリティに対して、ヒントと想像力を使って十歳の
女の子がどうやったら心から怖れを抱けるようになるかということが問題なのだ。
不思議への橋
観客に行った事があるような気にさせてしまう街の外観を示し、『千尋の旅』は冒頭シーンから
観客に仕掛けてくる。大切に手に握っている花束が不思議にもしおれていく間に、車の後部座席で
千尋はぐうたらと窓の外を過ぎる風景を観ている。近道を使おうとしたら古い聖堂に行き当って
しまうのだが、千尋の両親はそこを廃園になったテーマパークなんだろうと考えた。そこから
少し離れた人気の無い大きなビュッフェが両親の注意を引きつけ、そこで食べ物に飛びついた彼らは
豚に変身してしまう。
「ここより亡霊の国が始まる」ムルナウの『ノウフェラトゥ』(訳注:ドイツ表現主義映画の傑作であり、
怪奇映画の元祖的存在。)で字幕はそう告げた。ヨナタン・アルケは独り歩き続けて橋を渡り、再び
字幕はこう告げたのである。「そして彼が橋を過ぎたとき亡霊たちが集まってきた」と。『ノスフェラトゥ』と
同様に、「現実」の世界と千尋が入り込もうとしている驚異の世界を分け隔てるものは橋である。
そしてとっぷり暮れた夜に街の中をさまよう亡霊たちが、この女の子が透けるようになってしまい
実質を失ってしまったことを彼女に示すのである。
美形の守護者であるハクが千尋に近づいてくるが、彼は呪いの遣い手でもある。この幼い娘の良き
導き手となるのだろうか?彼は彼女を救ったことがある河の精霊だったのだ。皺だらけの魔女、
湯場婆の支配する風呂屋で千尋は使われ垢だらけの風呂桶を磨くようになるが、そんな地獄の
日々の中で、夜は昼から分ち難くなり、人間性も亡霊から分かち難く、それが神秘論的宇宙観を
作り出し、そこでは善と悪は相補う二つの顔として立ち現れるのである。
アクションや劇的進行をベースにした映画の代わりに、宮崎は汎神論的瞑想を基盤に置いた映画を
示して見せる。廃屋がそびえ立つきらめく野原、カモメが翼を広げる静かな海、千尋が竜の肩に乗って
旅する底抜けの空、それらは見事に抑えの効いたシーンとして置かれており、とてつも無い多様性を我々に見せてくれる。
宮崎駿は彼の10歳の娘のために『千尋の旅』を監督したと断言している。彼は彼女にとてつもなく
ロマンチックな詩を贈ったことになる。そこでは子どもが理性の側に立って衝動を抑える、鍵となる
瞬間が情景の中に描かれている。利己的で無関心で両親の言うことを聞かない千尋は旅の終わりに
一人の女性に成長する。「千尋の旅」の主題のひとつは人間性の回復に他ならない。つまりは神話である。
映画の最終部、素晴らしく幻影的な時間の中で列車が水の上に現れ、亡霊を連れた彼女を運んでいく。
彼女の亡霊である。千尋は両親と新しい家で、彼女自身の宿命に向かって進むことになる。
ロマン主義の大作と同様に、彼女の存在は彼岸に広がっているのである。
サミュエル・ブリュマンフェール
『もののけ姫』、DVDで発売
宮崎駿の前作「もののけ姫」がDVDで発売される。(1
DVD、V. F., V. O. 字幕付き、ブエナビスタ、2
h 15)
この日本の監督は環境問題への関心を神話的世界の中に混ぜ込んでみせる。そして彼の確固たる日本の
歴史観を古典映画の作法にぶつけてみせる。舞台を日本の中世に置いた上で、「もののけ姫」には
二つの敵対するグループが出てくる。
一方の側は、要塞化された製鉄所であり平和と野生生物の
生存を脅かす急速な工業化社会のシンボルである。
もう一方の側は、巨大な動物たちであり女性に率いられている。黒澤明は宮崎を日本の偉大な監督と評価していたが、
この映画の全編にわたって黒澤明の影響が見られる。森の中から現れる妖精(『夢』)、包囲された村の防衛
(『七人の侍』)、騎馬対決と巨大な森(『隠し砦の三悪人』)などがそうだ。
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